ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン教育研究所での経験 (畑 杏奈)

私は2019年9月から2020年10月まで、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン教育研究所(University College London, Institute of Education、以下、UCL教育研究所)の修士課程、MA in Education and International Development (教育と国際開発)コースに在籍し、教育開発学の修士号を優秀成績(Distinction)で取得することができました。また、修士論文ではネパールの幼児教育におけるインクルーシブ教育について分析し、優秀成績の評価を頂きました。2019年に神戸大学国際協力研究科で国際学の修士号を取得後、UCLでの学びを通し、教育開発の理論と実践における課題をさらに深く理解することができました。修士課程の途中に新型コロナウイルスの感染が世界規模で拡大したため、修士号取得は決して簡単な道のりではありませんでした。しかし、そのような困難な環境でも、小川ゼミで学んだ「積極的な姿勢を持ち続けることの大切さ」を意識して行動することで、前向きに新たなことに挑戦し様々な機会を得ることができました。ここでは、UCL での1年間の学びをご報告させていただきます。

UCL教育研究所の概略

UCL教育研究所は、1902年に設立され、2014年にUCLの学部の一つになりました。同校は、QS世界大学ランキングの教育学の分野で2014年から2020年に至るまで7年連続で世界1位に選ばれ、教育学において国際的に非常に高い評価を得ています。現在は100以上の国と地域から8,000人以上の学生を受け入れています。修士課程のコースの中には応募条件に一定期間の途上国経験が求められるものがあり、私のコースもその一つでした。教室では、国連などの国際機関や途上国の教育省といった多様なバックグラウンドを持つ学生が集まり活発な議論を行っており、私も刺激的な学習環境で学ぶことができました。

教育研究所での学び

1年間を通して、私は4つの授業を履修し、修士論文執筆に取り組みました。ここでは、各授業での主な学びと修士論文について簡単にご紹介させていただきます。

最初のTerm 1 (2019年9月から12月)では、必修である「教育開発の概念・理論・課題」と、プロジェクト管理について学ぶ「教育開発計画」を履修しました。両科目とも、期末に5,000字程度のエッセイを提出しました。必修の教育開発理論の授業では、学生同士が共同作業を通して共に能力を高めるための工夫がされています。まず、reading groupというものがあり、各学生が5名ほどのグループに割り振られます。これは、授業の予習を個人でなくグループで行うことで、課題文献や授業の要点の理解を深め、授業で活発な議論を行うためです。実際に、毎週学生グループで集まり議論を行う中で新たに知ることも多く役立ちました。また、エッセイのpeer reviewも含まれています。これは、学生がペアになり、中間課題の1500字程度の2本のエッセイを読みあって、大学から課される評価基準に基づいて改善点を指摘しあいます。私も、友人と互いに教えあうことで、最終課題の期末エッセイの提出までに、質の高い論文の書き方を学ぶことができました。

「教育開発計画」の授業では、教育プロジェクトのインパクト・効率性・効果性・持続性・関連性の評価方法を学びました。さらに、最後の授業では、紛争後の国における教育プロジェクトの企画をテーマにしたグループプレゼンテーションのCompetition が行われました。1-2ヶ月の準備期間の間、国籍の異なる8名の学生で集まり議論を重ねましたが、意見の食い違いから議論が前に進まない時もありました。そこで私は小川ゼミやGSICSの講義でグループプレゼンを行ってきた経験を生かし、調整役として積極的に働きかけようと考え、やるべきことや役割分担を明確化し、活発な意見交換を促すよう努めました。その結果、3名の教授・講師の審査と学生の投票により、全4つのチームの中から私たちのグループが最優秀賞に選ばれました。準備期間と発表を通じて、率直かつ時には批判的に意見交換をすることでプロジェクトの課題点を明確にする重要性を学びました。そして、チームメイト同士の取組が結実したことによって人間関係がさらに深まり、その後も困った時に支え合える関係になりました。

Term 2 (2020年1月から3月)では、神戸大学で夏の集中講義を行っておられるフェラーリ先生による「教育と紛争」、そして「グローバル化における子どもの人権」の2科目を履修しました。「教育と紛争」の授業では、教育がいかに紛争を助長する要因になりうるかを学び、教育の量だけでなく公平性・包摂性を担保するための課題を分析するスキルを磨きました。「グローバル化における子どもの人権」の授業では、子どもの権利という理念に基づいた教育などの政策の実践段階で生じ得る、理念と実践のジレンマに着目し、各国の文化・歴史的要因や改善策を分析する力を身につけました。

そして、残りの期間で本格的に取り組んだ修士論文は、ネパールの幼児教育におけるインクルーシブ教育をテーマに、教育アクセスが限られている障がいを持つ子ども・少数民族・カースト最下層・女子・貧困層の児童に焦点を当て、2015年以降の地方分権化と教育行政における課題を分析し、20000字程度の論文を執筆しました。

コロナ禍の学びとその中で得た新しい機会

私は、留学期間中にイギリスで新型コロナウイルスの感染が拡大し、途中で帰国を余儀なくされましたが、その後も切れ目なくオンライン授業を受けることができ、教授からも手厚いサポートを受けることができました。また、修士論文執筆と並行して、UCLの教授の方々から2つの教育プロジェクトに関わる機会を頂きました。さらに、積極的に動くことを意識し、3つの英文記事を執筆しました。そのうち一つは新型コロナウィルスによる新たな教育の可能性に関するものです。そして、修士論文執筆後は、世界銀行インドネシア事務所の教育コンサルタントとして働く機会をいただきました。新たな業務では、インクルーシブ教育も担当しているため、これまでの経験を最大限に生かしていきたいと思います。

このようにして振り返ると、UCL教育研究所での学びは、「教育」の意義を多角的に見つめ直す有意義な機会になりました。教育は、学び手が自分の高い学歴や地位の高い職を獲得し社会階層移動を達成するための「ツール」としてのみ存在するのではなく、学び手が貧困や不平等といった社会レベルの問題に気づき、その解決と持続的な平和構築実現のために働きかけていく「プロセス」であると再考することができました。そのためには、教育制度自体が社会問題に配慮し、全ての子どものニーズに応えられるよう公平性・包摂性を強めていく必要があります。特に、パンデミックにより教育格差の深刻化が懸念される今日、教育における公平性・包摂性を担保することはこれまで以上に重要になります。新たな仕事を通して教育問題に関する実践的な視点を身につけ成長していきたい所存です。

UCL教育研究所での経験を通してこのような学びを得ることができたのも、神戸大学前期課程の時から親身にサポートしてくださった小川啓一先生のおかげであり、深く感謝致します。また、お世話になった全ての先生方、そして背中を押してくれた小川ゼミの方々に感謝しています。

文責:畑 杏奈